クリシュナ神の物語

バーガヴァタ・プラーナ  第八巻 

 第八巻は第一話から第二十四話まであります。

 第八巻第十二話
 主シャンカラは惑わされる
 
 バーダラーヤナの息子(シュカ)は再び始めました。
 『 カイラーサ山の頂で亡霊達に囲まれて、雄牛に乗って妻(女神パールヴァティー)と共に暮らす、雄牛の紋章を旗に持つ神(シヴァ)は、シュリー・ハリが魅惑ある乙女となって、ダーナヴァ達を魅了し、神々にはアムリタを飲ませたと聞くと、マドゥスーダナ(クリシュナ)に会おうとして、ヴァイクンタへ出かけていったのです。
 敬意を持って主から出迎えられたバヴァ(シヴァ)は、妻のウマー(女神パールヴァティー)と共に、心からの忠誠を主ヴィシュヌに表して、落ち着いて席に座った後、このように微笑んで話したのです。(1〜3)
 
 シュリー・マハーデーヴァ(偉大なる神)は祈りました。
 「 ああ、神の中の神よ、大宇宙に遍満されて、その宇宙を構成される、全宇宙の支配者である御方よ、あなたは全存在の原因であられて、またその管理者であり、さらにこの宇宙のアートマンなのです。
 あなたこそが全き真実であり、全なる意識よりなる、ブラフマンそのものなのです。この宇宙の始まりと終わり、そして中間の時代は、全てあなたにまで遡るのです。けれども不変であるあなたは、これら宇宙の状態には、少しも関与されないのです。そんなあなたは、宇宙、神我(主体)、外にあるもの(感官にて享受されるもの)、それとは異なったもの(享受する主体)、それらとは全く等しき御方なのです。
 祝福を求める聖仙達は、すべての渇望を放棄して、この世とあの世への執着を断ち、あなたの蓮華の御足を崇めるのです。
 あなたこそが完全であり、不死で無属性の、不変のブラフマンなのです。あなたには悲しみは無く、絶対的な祝福を本質とされて、ただ一者であられる、全ての存在とは異なった御方なのです。そしてまたあなたは、宇宙の出現と維持、そして崩壊の原因であられて、全ジーヴァの支配者でもあられるのです。さらに御自身は何一つ求めずとも、全てから請い求められる御方なのです。
 あなただけが原因と結果であり、また両者とも異なった御方(両者の究極の原因として)なのです。形作られようと作られまいと(装飾品として)、金は金であることに変わりなきように、無属性のあなたに見られる多様性は、それは全てグナによるものなのです。無知ゆえに人々は、あなたは多様な属性を持つと見るのです。
 ある者(ヴェーダンタ派)はあなたをブラフマン(絶対存在)として悟り、他の者(ミーマーンサ派)はあなたを、ダルマ(徳)と見なすことでしょう。またある者(サーンキヤ哲学に従う者)はあなたを、プラクリティ(物質)とプルシャ(精神)を超越する至上の主と見て、他の者(ヴァイシュナヴァのパーンチャラートラ派)はあなたを、九つの神的力(ヴィマラー、ウトカルシニー、ジュニヤーナ、クリヤー、ヨーガ、プラフヴィー、サティヤー、イーシャーナー、アヌグラハー)を備える最高者と考えるでしょう。さらに他の者(ヨーガ派)はあなたを、不変で独立した、至上のプルシャ(マハープルシャ)だと見なすのです。
 私(シヴァ)も2パラーダを生きる者(ブラフマー)も、またブラフマーの心から生まれた者達(聖仙マリーチなど)も、サットヴァの創造物であるそれらの者達は、全員があなたのマーヤーに理解力を曇らされて、ああ、主よ、あなたが創られた、この宇宙の本質を知り得ないのです。ならばたえずラージャシカな、そしてターマシカな活動を為す悪魔や人間たちに、どうしてそれが可能となるでしょう?
 あなたは自ら意識あられるゆえ、ご自身ばかりか、全被造物の活動を、そしてこの宇宙の出現と存続、破壊、また世俗世界への束縛とそれからの解放を、紛うことなく知られるのです。風は動不動の一切の中に、さらに空にまで充満するように、あなたはアートマンとなられて、この宇宙に遍満されているのです。
 あなたが今まで物質界に降誕されて、三グナにて遊戯を為されてきた様子を、私は幾度もこの眼にしてきました。それゆえ私は、このたびあなたが取られた、魅惑ある乙女の姿をも、また同じように見たく願うのです。
 ダイティヤどもを魅了されて、神々にはアムリタを飲ませられた、そのあなたのお姿を見たくて、私たちはここにやって参ったのです。ああ、主よ、どうかそのお姿を、私たちにお見せ頂けないでしょうか? 」(4〜13)
 
 聖シュカは続けました。
 『 このように三叉の矛を持つ神(ルドラ)から懇願されると、主ヴィシュヌはまことに意味ありげに笑われて、ギリーシャ(シヴァ)に、次のように返事をされたのです。(14)
 
 聖バガヴァーンは言われました。
 「 アムリタの壷がダイティヤの手に落ちたがゆえ、神々の益を考えた私は、ダイティヤ達の心に感嘆の思いを起こさせる、その魅惑的な乙女の姿をとったのだ。
 神々の長たる者よ、もしあなたがそれを見たいと望むならば、見る者の心に激情を起こさせる、好色な者にはいとも価値あると映るその姿を、私はただちにあなたに見せるであろう 」(15〜16)
 
 聖シュカは続けました。
 『 これだけを言われると、主はその場から姿を消されました。そしてバヴァ(シヴァ)は妻の女神ウマーと共に、辺りを見回してそれを待ち続けたのでした。
 そうするうちに、彼の眼の前に広がる、様々な花が咲き乱れて、赤い葉を持つ木々が林立する庭園の中に、輝くリネンで尻の部分を覆われて、その上には帯の巻かれた、鞠を楽しく手でついて戯れる、まことに美しき一人の少女が出現したのです。
 その乙女の身体はあまりにも華奢な為に、かがんだり立ち上がる毎に、また歩く一足ごとに、揺れる乳房と首飾りの重みで、その身体は腰の所で折れそうになるのでした。また若木のように柔らかな足で、あちらへ、またこちらへと、まことに軽快に歩き回るのでした。
 キョロキョロと動く大きな瞳は、跳ね回る鞠の動きには全く困った様子で、輝く耳飾りでその頬は明るく照らされ、うっすらと黒髪のかかるその顔は、とても愛くるしく見えるのでした。
 緩んだ服と乱れた髪を左手で整え、右手では鞠をつきながら、その少女はご自身のマーヤーにより、全世界を魅了されたのです。
 乙女を一心に見つめていたその神(シヴァ)は、彼女が不思議な笑みを浮かべて、少しはにかみを含み、鞠で遊ぶ途中に、自分に向けて一瞥を投げかけるや、心を完全に彼女に奪われてしまい、彼女を見つめること、そして見つめ返さ れることに心を圧倒されて、自分という意識も、横に立つ妻ウマーと家来の存在も忘れてしまったのです。
 やがて鞠が彼女の指から遠くへ跳ねていき、彼女がそれを追いかけるうちに、素晴らしき生地で出来た彼女の帯などを、一吹きの風が全て吹きほどいてしまい、その様子を、バヴァ(シヴァ)はじっと見続けていたのです。
 魂を恍惚とさせる程までに美しき、可憐な瞳を持つその乙女が、かくの如きありさまになるのを見て、さらに彼女から流し眼を投げかけられるや、主バヴァはついに自分の心を、彼女に明け渡してしまったのでした。
 持つすべての良識をその少女に奪われて、愛にて圧倒された主シヴァは、女神パールヴァティーが見るのも気にかけずに、恥を忘れて彼女を求めたのでした。(17〜25)
 
 服を全て剥ぎ取られた少女は、シヴァが自分の側に近づくのを見ると、それをとても恥ずかしがり、笑いながら木から木へと逃げていき、決して一カ所に留まろうとしませんでした。
 彼女に心を奪われて、激情に翻弄された全能の主シヴァは、象の王が雌象を追いかけるように、彼女の後を追いかけていったのです。
 素早く逃げる乙女を追いかけていき、ようやくその髪をつかんだシヴァは、自分の側に彼女を引き寄せると、嫌がる彼女を、無理やりに抱きしめようとしました。
 象に寄られる雌象のように、彼女が主(シヴァ)に抱きしめられて、あちこちへと身体をくねらせるうちに、その髪はひどく乱れていくのでした。
 やがて神々の最高者(シヴァ)の抱擁から抜け出した、主のあやつるマーヤーに他ならぬその少女は、ああ、愛しき者よ、大きな尻をしていたにも関わらず、すばやくそこから逃げていったのでした。
 自らの敵である愛に圧倒された主シヴァは、驚くべきわざを乙女の姿で為される、主ヴィシュヌの後を追いかけていったのでした。
 さかりのついた象の王が雌象を追いかけるように、主シヴァが彼女を追いかけるうちに、無尽蔵の生殖能力を持つ彼の種が、その途中、次々とこぼれ落ちていったのでした。
 そしてその偉大な魂の種が落ちた場所は、ああ、地上の支配者よ、その後、金や銀の溢れかえる場所となったのです。
 彼女を追いかけるハラ(シヴァ)の姿は、実際の所、河や湖の側、丘の頂上、森や木立の中など、それら聖仙達が住む全ての場所で見られました。
 全ての種がこぼれ落ちた後に、ああ、王の中の宝よ、シヴァはようやく主のマーヤーにたぶらかされていた自分に気づくと、その陶酔から完全に自己を取り戻したのでした。
 宇宙の大霊であられて、かつ自分自身のアートマンでもある、完全にはその力を知ることの出来ない主ヴィシュヌの栄光を、彼はこうして悟るに至ったのです。そして主の持たれる力ならば、このような出来事でさえ、別に驚くに価せぬことだと、そのように理解したのでした。
 主シヴァが少しも動じることなく、恥ずかしがらずに立つ様子を見られると、マドゥスーダナ(クリシュナ)はそれを非常に喜ばれて、再び男性としての姿に戻られると、このように話されたのでした。(26〜37)
 
 聖バガヴァーンは言われました。
 「 神々の中の宝たる者よ、かくも容易くわがマーヤーに欺かれながらも、ああ、愛しき者よ、自らの力で本来の自己(色欲なき心)を取り戻したことを、私は心から嬉しく思うのだ。
 わがマーヤーに捕まるならば、あなた以外のどんな男性が、それを越えられようか? それは多くの魅力ある対象を生み出し、心を制御し得ぬ者には、容易には克服出来ぬものなのだ。
 カーラ(時の霊)として顕現する私に、(創造、維持、破壊の)時に相応しくその一部(サットヴァ、ラジャス、タマス)にて結びつく、三グナよりなるマーヤーは、二度とあなたを支配することがないだろう 」と 』(38〜40)
 
 聖シュカは続けました。
 『 こうしてシュリーヴァッツアを持つ神(ヴィシュヌ)から優しく扱われた主シヴァは、ああ、王よ、主の周りを恭しく回った後、その許しを得て、家来たちとともに、自分の住処へ帰っていったのでした。
 その後しばらく経ったある時、多くの偉大な先見者達が讃美する中、バヴァ(シヴァ)は自分の妻(パールヴァティー)に、主ヴィシュヌが持たれる神的な力、マーヤーについて、優しくこう話したのです。
 「 ああ、最高者である至上の神、不生なる御方(ヴィシュヌ)が持たれる、人を魅了する力(マーヤー)について、あなたはその眼でとくと見られたであろう。主の光の最高者である私でさえもが、その御方が持たれる力により、致し方なくも欺かれてしまったのだ。ならば自分を修めぬ者が同じ目に会うことに、もはや何の不思議があるだろうか?
 かの御方こそが、私が(神々の)千年間の瞑想から目覚めた時に、永遠の存在とは何かと、あなたが質問した、まさにその御方であるのだ。時でさえその御方を制限できずに、ヴェーダでさえ、理解することが出来ぬ御方なのだ 」と 』(41〜44)
 
 聖シュカは続けました。
 『 神々と悪魔が乳海を攪拌する間に、巨大な山をその背で支えられた、シャールンガの弓を持つ主ヴィシュヌの為された偉業を、ああ、愛しき者よ、私は以上のように、あなたにお話ししました。
 この物語を語り、そして聞く者が為す努力は、何処にあろうと、またどれほどであっても、無駄になることはないでしょう。ウッタマシュローカの美徳を語るならば、それは生と死に疲れ果てた者に、完全な癒しを与えてくれるのです。
 幻力にて乙女の姿となられて、神々の敵を魅了された、そして乳海の撹拌より生じたアムリタを、悪しき者には容易に近づけずに、バクティにて得られるご自分の御足に助けを求めた、それら神々の王達に飲ませた、庇護を求める者の望みを叶えてくださる主に、私は心から礼を捧げるのです 』(45〜47)
 


(第八巻第十二話の終わり)



注1 主はシヴァに追いかけられる間、その魅惑的な女性の姿で聖者や聖仙達の住む隠棲所を訪れて、ヨギーの最高者であるシャンカラでさえもが、女性の魅力には逆らいがたいことを教えられた。

校正終了

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