第十巻前半は第一話から第四十九話まであり、その中から二話を掲載します。
第十巻第十二話
悪魔アガの救済
聖シュカは再び始めました。
『 ある朝シュリー・ハリは、森の中で昼食を摂ろうと思われて、朝早く寝床から起きると、美しく角笛を奏でながら、牛飼いの子達を起こして回り、集まってきた彼らと共に、仔牛達を先頭に立てて、ヴラジャから出発されたのでした。
主への愛に心を満たされた、それら何千人もの牛飼いの子供達は、パチンコや棒、角笛、横笛などを手に持ち、千頭以上の仔牛をそれぞれの前に従えて、喜び勇んで主と共に出発したのでした。
彼らは森に到着すると、自分達とクリシュナが世話する仔牛を一カ所に集めて、それらに自由に草を食ませながら、その間、あちこちで子供の遊びをして、楽しく時をすごしたと言われています。
ガラス玉やグンジャーの種、宝石や金で身体を飾った子供達は、さらにその上から、果物や柔らかい草、花びら、花束、孔雀の羽根や鉱物で、美しく自分達を飾ったのでした。
ある子供は仲間のパチンコを隠して、それが見つかるや遠くに放り投げてしまい、飛んできたそれを、そこに座っていた子供が拾うや、さらに遠くに放り投げて、笑いながら皆の所に戻っていくのでした。
美しき森を見ようとして、クリシュナが歩いていくと、子供達は主の身体に触れんと、われ先に走り寄り、愛おしく主を抱きしめるや、非常な喜びに満たされるのでした。
ある子供は横笛を奏でて、他の子供は角笛を吹き鳴らし、また別の子供はミツバチと歌って、さらにある子供は、カッコウと共に美しく歌ったのです。
ある子供は鳥の影を追っていき、他の子供は白鳥と優雅に歩き回り、そして別の子供は、鷺と並んで座り、また孔雀と踊る子供もいたのでした。
ある子供は猿の尾を引っぱって面白がり、猿と一緒に木に登る子供もいました。また猿の真似をして顔をしかめたり、猿と共に、枝から枝へ飛び回る者もいたのです。
ある子供は河や滝の中へ飛び込み、蛙と共に飛び跳ねたり、またある子供は、自分の姿を水に映したり、木霊する自分の声に呼びかけたりもしたのです。
宇宙の最高主宰神であるクリシュナは、賢者にとっては、完全な祝福と意識からなる、最高のブラフマンだと理解されて、主にバクティを捧げた者には、最高神として理解され、眼をマーヤーで覆われた者には、ただの人間の子として映るのです。そして前世で多くの功徳を積んできたそれら子供達は、そのように素晴らしいクリシュナと共に、森の中で楽しく遊び戯れたのでした。
何生もの間苦行を実践してきた、そのように偉大なヨギーであっても、主の御足の塵を受けることは出来ないのです。であるのに、その主が眼に見える所に立たれるのを見た、ヴラジャの人々が味わった幸運を、これ以上、どう表現すればよいのでしょう?(1〜12)
やがてこのように彼らが遊んでいる所に、強大な力を持つ、アガという悪魔がやって来ました。そして彼は子供達が楽しく遊んでいるのを見ると、そのことにとうてい我慢なりませんでした。その悪魔がどれほど強かったかというと、不死の霊薬アムリタを飲んだ神々でさえ、自分達の生命を守る為、彼の弱点をやっきになって見つけようとしたほどなのです。
クリシュナと牛飼いの子供達が遊んでいるのを見ると、カンサの指示で送り込まれた、バキー(プータナー)とバカの弟であった悪魔アガ(アガースラ)は、このように考えました。「 こいつが俺の兄と姉を殺した奴なのだ。それゆえ俺はこの子供達を全員始末して、兄弟の仇を討つことにしよう。
死んだ兄達を供養する為、胡麻の種と水の代わりにこの子達を捧げたなら(殺したなら)、ヴラジャの民は死んだようになるだろう。生命がその者の身体から離れたなら、その者にとって、もはやどんな憂うべき原因が残されていようか? そしてその者の子供こそが、生き物にとっての生命そのものと言えるのだ!
」
このように決心すると、その悪魔は一ヨージャナ(約十三キロメートル)もある大蛇に変身して、山のように巨大なその身体を、道の真ん中に横たえたのでした。そして子供達を全員呑み込もうと、洞窟のように大きな口を開けたのです。
その悪魔の下あごは大地に置かれて、上あごは雲まで達しました。そして口の角はまるで洞窟のようで、牙は山の峰にも似ており、口の中は暗闇に包まれて、舌はまるで広い道のようだったのです。そして呼吸はあたかも突風のようで、憤怒で煮えたぎった眼は、まるで野火のように見えたのでした。
そんな彼の姿を見た子供達は、これはヴリンダーヴァナの景色かと思いました。けれども、はしゃぎ回る彼らは、これは大きく開けられた大蛇の口かとも思ったのです。
「 ああ、僕達の前に見えるこの景色は、蛇が僕達を呑み込もうとして、大きく口を開けているように見えるんだけれど、みんなはどう思うだろう? 」
「 やあ、本当だ、太陽が透けて見える赤い雲は、まるでそいつの上あごのようで、それが光って映る下の赤い地面は、そいつの下あごみたいだ 」
「 そして右と左にある山の洞窟は、なんだかそいつの口の角のように見えるよ。ほら、あの高い山の峰なんか、蛇の牙とそっくりだよ 」
「 この広くて長い道は、ちょうどそいつの舌みたいで、山の峰の間に広がった暗闇は、そいつの口の中を真似てるみたいだ 」
「 ほら見てご覧、野火で熱せられた風は、なんだかそいつが吐く臭い息みたいで、火で燃やされた動物の匂いは、そいつのお腹にある、動物の肉のように臭ってくるや
」
「 もし僕達がこの中に入っていったら、こいつは僕達をガブッと呑み込んじゃうのかな? でもそんなことになったら、クリシュナがあの鷺みたいに、こいつをやっつけてくれるに違いないや!
」と、彼らはそのようなことを言いながら、魅惑溢れるバカの殺戮者(クリシュナ)の顔をのぞき込み、大声で笑ったり、手を叩いたりしながら、どんどんと道を進んでいくのでした。
万人の心に住まれる主は、真実を知らぬ子供達が、これら事実と異なった会話をするのを聞かれて、またその大蛇は実在のものなのに、彼らの眼には想像上のものと見えていることを知られました。そして主はその大蛇は食人鬼だと気づかれると、直ちに彼らを引き留めようとされたのです。
しかしその間にも、子供達は仔牛と共に道を進んでいき、次々とその悪魔の腹の中に入っていったのです。しかしその食人鬼は、口の中に入ってきた子供達を、すぐには呑み込もうとしませんでした。なぜならその悪魔は、親族(バカとバキー)が主に殺されたことを覚えていた為、クリシュナが入ってくるのを待っていたのです。
全ての者に保護を与えるクリシュナは、御自身を守護者と見なす彼ら子供達が、自分の統制から自然と離れていき、すすんでアガの消化の火の食物になるという、この痛ましき苦境に陥るのを見て、憐憫の思いに打たれてしまい、また運命の働きを思われるや、大いに驚かれたのでした。
このような状況下で、この邪悪な者の命を長らえさせずに、かつ善良な者達の死を避ける為には、御自分は如何に為すべきかと、全てを認識されるシュリー・ハリは、思慮に思慮を重ねられた結果、まことに良き案を思いつかれて、自分からその大蛇の口に入っていかれたのです。
その時、雲の後ろに身を隠していた神々は、「 ああ、なんと悲しきことよ! 」と恐怖の叫び声をあげて、カンサを始めとする、アガの友人であった食人鬼達は、歓喜の声をあげたのでした。
栄光に満ちた主アチュタは、その両者の声を聞かれると、子供や仔牛達と共に御自分を呑まんとする、その怪物の口の中で、ただちに身体を巨大化されたのです。
その為、その悪魔は喉を窒息させられ、そのあまりもの苦しみの為、眼は外に飛び出し、激しく身体をのたうち回らせました。そして密閉されたその怪物の気息は、身体の奥へと広がっていき、やがて行き場を失うや、突然に彼の脳天(ブラフマランドラ)を貫いたのでした。
悪魔の気息がそこから出ていくと、クリシュナは死んだ仔牛や子供達を、ただ眼差しを注ぐだけで蘇らせて、怪物の口から、彼らと共に外に出てこられたのです。
するとその時、怪物の身体からは、非常な輝きを放つ不思議な光が、十の方向全てを照らしながら立ち昇り、空中で主が出てこられるのを待っていた後、神々が見守る中、主の身体の中へ消えていったのです。
自分達の目的を叶えて下さった主に、神々は歓喜して礼拝を捧げて、無数の花を振りまきました。そしてアプサラスは喜んで舞い踊り、ガンダルヴァは歌を歌って、ヴィディヤーダラは楽器を奏で、ブラーフマナは祝福の聖句を唱えて、主の従者と信者達は、勝利の雄叫びをあげたのでした。
歓喜した賞賛の言葉や、楽器の調べ、喜びの歌声、勝利の雄叫びなど、それら華やかな祝祭の様子を、ブラフマー神は自分の住処(サティヤローカ)のすぐ側で耳にした為、何事かと思い、直ちにその場にやってきました。そして素晴らしき主の栄光をそこで眼にすると、その神は非常に驚いたのでした。
死んだ大蛇の皮はその後、乾燥すると、ああ、パリークシットよ、人々が遊ぶ大きな窪地として、長い間ヴラジャの人々に役立ったのでした。
そして牛飼いの子供達は、自分達と大蛇をそれぞれ死から救出するという、シュリー・ハリが五歳の時に為された偉業に、大いに驚き、主が六歳となられた時(翌年)に、それをヴラジャの人々に語ったのです!
主は人間として姿を顕していても、本当は、高きもの(ブラフマー神など)と低きもの(人間よりも低い生き物)、その両者の創造主なのです。それゆえ悪魔アガが主に触れられただけで罪を消されて、不正義な者には得難い、主との合一を手に出来たことは、別に驚くに値しないことなのです。
全宇宙の主であるクリシュナ御自身が、悪魔アガの身体に入られたなら、主が彼に与えられないものがあるでしょうか? 祝福に満ちた御自身の本質を、主は永遠に悟っておられて、マーヤーからは遙かに遠く遠離されているのです。そして信者の心に御自身の姿が祭られるや、その者に神の如き境地を与えてくださるのです(カトワーンガのように)!
』(13〜39)
― スータは続けた ―
ああ、ブラーフマナ達よ、パリークシットは自分自身の守護者であるヤドゥの主の、このように素晴らしい物語を聞くと、魂を魅了するその物語について、今ひとたびヴィヤーサの息子(シュカ)に質問したのでした。(40)
パリークシットは言いました。
『 ああ、聖なる御方よ、かなり以前に為された行為が、どうして今為されたように受け取られたのでしょうか? あなたは、シュリー・ハリが五歳の時に為されたことを、牛飼いの子供達は、主が六歳の時に、ヴラジャの人々に話したと言われたのです。
ああ、偉大なヨギーよ、どうかお教えください、私はこのことをとても不思議に思うのです。わが教師よ、これはきっとシュリー・ハリのマーヤーによるもので、それ以外にはないでしょう!
ああ、偉大なる教師よ、私どもはクシャトリヤと呼ばれてはいても、あなたの口から流れる、アムリタの如きクリシュナの物語を飲むことが出来るゆえ、この世では最も祝福された者なのです!
』(41〜43)
― スータは続けた ―
このように王から質問されると、バーダラーヤナの息子(シュカ)は、クリシュナのことをまざまざと思い出して、全ての感覚を奪われたようになり、ああ、主の献身者の宝たる者よ、その後、非常な困難を伴って意識を取り戻すと、次のように話し始めたのでした。(44)
注1 牛飼いの子供たちは悪魔アガから、そしてその大蛇はサンサーラから。
注2 五歳までの幼年期は「 カウマーラ 」と呼ばれて、六歳から十歳までの子供時代は「 パウガンダ 」と呼ばれる。そして十一歳から十五歳までの少年期は「 キショーラ 」と呼ばれて、それ以降の青年期は、「 ヤウヴァナ 」と呼ばれる。
校正終了
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