クリシュナ神の物語

バーガヴァタ・プラーナ  第十巻後半

クリシュナとラーダー

  第十巻第八十話
 クリシュナはスダーマーを歓待する
 
 パリークシットは問いました。
 『 ああ、バガヴァーン(シュカ)よ、無限の力と栄光を持たれる、気高きムクンダが為された遊戯について、さらに私達はあなたからお聞きしたいのです。
 ああ、聖仙よ、全ての生き物は、蜃気楼のような楽しみを追いかけて、たえず苦しみに曝され続けています。彼らの魂は毎日のように、欲望という矢で貫かれているのです。それゆえ、物の価値を知る者ならば、たとえ繰り返し聞こうとも、ウッタマシュローカ(クリシュナ)の遊戯を聞くのを止めるでしょうか?
 主を讃美する言葉こそが言葉と呼ぶに相応しく、主に奉仕する手だけが手と呼ばれる価値を持ち、そして万物に宿られる主を思う心こそが心と言うべきであり、偉大な主の遊戯を聞く耳だけが、耳と呼ばれる価値を持つのです。
 そして動不動からなる一切を、主と同じと見て下げる頭こそが頭と呼ぶに相応しく、全ての場所に主を見る眼こそがまことの眼であり、ヴィシュヌとその信者の御足を洗った水を、毎日のように受ける身体こそが、真に身体と呼ぶべき価値を持つのです! 』(1〜4)
 
 ― スータは再び始めた ―
 ヴィシュヌラータ(パリークシット)がこのような言葉を語った時、ああ、聖仙達よ、バーダラーヤナの息子(シュカ)の心は完全にヴァースデーヴァに没入してしまい、その後、彼は次のように語り始めたのでした。(5)
 
 聖シュカは答えました。
 『 ああ、パリークシットよ、クリシュナの友人の一人に、あるブラーフマナがいたのですが、彼はブラフマンの知識に確立されて、感官の対象への執着をすべて捨てた人でした。そして心は常に平安に満たされ、感官を完全にまで支配していたのです。
 彼は家長生活を送ってはいましたが、自然と手に入れたものだけで生活して、常にみすぼらしい姿をしていました。そしてそんな彼の妻も、身を覆う十分な服も持たなかったものの、夫と同じく、とても気高い心の持ち主だったのです。けれども彼女の身体はひどい空腹の為、徐々に衰弱していったのでした。
 心から夫に仕えるその貞淑な妻は、ある日あまりもの貧しさの為に、身体を震わせながら、やつれた顔で夫の側に行くと、このように訴えたのです。
 「 ああ、尊敬すべきわが夫よ、女神ラクシュミー様(富の女神)の夫であり、サートヴァタの主であるクリシュナ様は、かつてのあなたの学友ではありませんか。あの方はブラーフマナを心から愛されて、庇護を求める者には、必ず安心を与えてくださるのです。
 ああ、祝福されし我が夫よ、正しき者の庇護所であるあの方の所に、どうか今から行ってくださいませんか? あなたが家長であり、生活の糧にも事欠くのを知られるなら、きっとあの方は、溢れるような富をあなたに与えてくださるに違いありません。
 あの方はこの今、ボージャとヴリシュニ、アンダカ族の守護者として、ドワーラカーに住んでおられます。そしてその御足を思う者には、御自身をも授けてくださるのです。ならば全世界の教師であるあの御方が、たとえ望ましくなくとも、富とこの世的楽しみを信者に与えてくださることに、何の不思議があるでしょうか? 」
 こうして妻から幾度も請われた結果、ついにそのブラーフマナはその提案に同意したのでした。なぜなら彼はそうすることで、それ自身が最高の収穫である、ウッタマシュローカの御姿を眼に出来ると考えたからでした。
 彼は出発する決心をすると、妻にこう言いました。「 ああ、愛する妻よ、贈り物として持っていくものが、何か家にあるだろうか? もしあるなら、それを持っていきたいのだ 」
 そこでそのブラーフマナの妻は、近所の者に頼んでまわり、手に四杯ばかりの、揚げて打った米(プリトゥカ)を手に入れると、それを布の中に包み、クリシュナへの贈り物として夫に手渡したのでした。
 その立派なブラーフマナは、これら僅かのお米を贈り物として携え、その後、ドワーラカーへ旅立っていきました。そしてその道中、彼が考え続けたことは、如何にすればクリシュナの姿を見ることが出来るかと、ただそれだけだったのです。(6〜15)
 
 彼は仲間のブラーフマナ達と共に、ドワーラカーの都にある、三つの防御壁と、同じく三つの守衛の野営地を越えていくと、その後、一般の人々には近寄り難い、主アチュタの教えに従う、アンダカとヴリシュニ族が住む地域を通っていきました。
 そしてさらにその後、一万六千人あまりものクリシュナの后達が暮らす宮殿のうちの、特別に美しい建物の中に入ると、彼はまるで自分が、ブラフマンの祝福に溶け込むように感じたのでした。
 その時、ルクミニーと共に長椅子に座っておられたアチュタは、遠くからそのブラーフマナの姿を認めると、急いで席から立ちあがって、喜んで彼の側まで行き、両手を広げて彼を抱きしめられました。
 かつての愛する友である、その梵仙の身体に触れるや、蓮華の眼をされる主は非常に喜ばれて、眼からは自然と涙がこぼれ落ちたのでした。
 全世界を浄化するバガヴァーン・クリシュナは、今まで座っていた長椅子に彼を座らせると、ああ、王よ、礼拝の品を運んできて、彼の足を御自分で洗うと、その水を御自身の頭に振りかけた後、そのブラーフマナの身体に、高価な香水や白檀、沈香、サフランを塗られました。
 かつての懐かしき学友に、主は香や明かりによって礼拝を捧げると、キンマの葉や乳牛を提供して、優しい言葉で彼を歓待されたのです。
 そのブラーフマナの身なりは貧しく、またあまりにも痩せていた為、皮膚では血管が透けて見えるほどでした。そしてそんな彼に、王妃ルクミニー御自身が、手にチャウリを持って風を送られたのです。
 穢れなき名声を持つクリシュナが、ほとんど裸のそのブラーフマナに、心からの愛を抱いて奉仕されているのを見て、宮殿で暮らす女性達は非常に驚いたのでした。
 「 あのみすぼらしくて裸同然の、世間からは無価値と非難される、まるで乞食のようなブラーフマナは、いったいどんな立派な行いをしたのでしょう? 全三界の教師であり、胸にシュリーが住まれるクリシュナ様が、あのように心を込めて奉仕しておられるではありませんか! 主はルクミニー王妃を長椅子に残したまま、まるで御自身の兄にするように、彼を抱きしめておられるのです! 」
 ああ、パリークシットよ、クリシュナとそのブラーフマナは、互いの手を取ると、同じ教師の下で暮らしていた、子供時代の懐かしい出来事を、その後、二人で話し始めるのでした。(16〜27)
 
 聖バガヴァーンは言われました。
 「 愛するブラーフマナよ、ダルマを知る君は、先生に贈り物をして家に帰った後、全てで君に相応しい奥さんをもらったのだろうか? それともまだ君は結婚していないのだろうか?
 たとえ家長生活を送っていても、君はこの世的願望からは全く自由に違いない。なぜなら、よく学んだ君ならば、財産には少しも興味を持たないことを、僕はよく知っているからだ。
 この僕のように、この世の幾人かの者は、物質的な望みを持たずに、欲望にも心を動かされず、与えられた義務を立派に果たして、世界に模範を示そうとするものなのだ。
 ああ、愛するブラーフマナよ、僕達が先生の家で暮らしていた頃のことを、君は今でも覚えているだろうか? まことに再生族は教師の家でこそ、知るべき全てのことを知り、無知の闇を超えていけるのだ。
 ああ、愛する僕の友よ、肉体を与えてくれる者(父)は、この世における最初の教師であり、聖なる紐を授けてヴェーダを教えてくれる者は、二番目の教師と言えるだろう。そして最後に、全てのアーシュラマの者にアートマンの知識を授けて、神を悟らせてくれる教師が来るが、それはこの僕と同じ者と言えるんだ。
 親愛なる僕の友よ、自分の教師を僕自身と仰いで、正しい知識を獲得し、ヴァルナーシュラマ(ヴァルナとアーシュラマ)の真の意味を理解した者は、サンサーラの海を容易に越えていけるのだ。
 僕は全ての人の心に、その内制者として宿っていよう。それゆえ僕は、その者が自分の教師に奉仕することの方を、祭祀の実施や、高い家柄の生まれ、聖なる紐の授与や苦行、静寂主義(サンニヤーシー)よりも、より嬉しく思うのだ。(28〜34)
 
 ああ、愛するブラーフマナよ、僕達が先生の家で暮らしていた頃、先生の奥さんから、薪を集めるよう頼まれた時の事を、君は今でも覚えているだろうか?
 僕達が森の奥深くへ入っていった時、突然に季節はずれの暴風雨が襲いかかり、僕達の頭上では、幾度も稲妻が音を炸裂させたのだった。
 やがて太陽が沈んでいくと、あたりは真っ暗闇となり、さらに大地は雨で水浸しとなった為、どこが高くて低いのか、すっかり分からなくなったのだった。
 洪水のように降る豪雨の中で、僕達は雨や風に打たれて、方向も分からなくなり、困って二人で手をつないで、あちこちと彷徨い歩いたのだった。
 やがて夜が明けた時、サーンディーパニ先生はこのことを知られて、弟子達と共に僕達を探し回り、やがて困り切った僕達二人の姿を見つけられたのだった。
 そして先生はその時、僕達にこのように言われたのだった。『 ああ、愛する少年達よ、あなた達二人はこの私の為に、何という辛い目に会われたのか! その人にとって自分とは、他の何よりも愛おしいものなのだ。その自分を無視してまで、あなた達が私に示した信仰とは、それは何と素晴らしいものなのだろう!
 良き弟子ならば、自分を含む全てのものを、誠実な心で教師に差し出すべきであり、それこそが教師へ恩を返す本当の道と言えるのだ。
 ああ、再生族の宝たる者よ、今日、私は大変に嬉しく思う。どうかお前達の望みが全て叶えられて、私から得たヴェーダの知識が、記憶の中で永遠に新鮮に留まり、この世ばかりかあの世でも、決して消え去ることがないように! 』
 ああ、愛する僕の友よ、僕達が先生の家で暮らす間には、このようなことが数限りなくあったのだった。まことに人は教師のおかげでこそ、最高の完成と平安を手に入れることが出来るのだ 」(35〜43)
 
 そのブラーフマナは答えました。
 「 ああ、神の中の最高の神よ、全世界の教師たる御方よ!揺らがぬ決意を持つあなた様と、教師の家で共にすごせたなら、その者にとって、他にどんな為すべきことが残されているでしょうか?
 ああ、主よ、あなたの御身体はヴェーダで出来ており、そしてそんなあなたは、全ての祝福の宝庫なのです。あなたが教師の家に学びに行かれたのは、それはただの遊戯であり、人の世のあり方を真似られただけなのです! 」と 』(44〜45)


注1 スダーマー(シュリーダーマー)の名前は、本文中には見られないが、説話の最後の部分に記載されている。この部分の文章は訳されていないが、「 バーガヴァタ・プラーナ 」では各説話毎に、最後の部分は次のような文章で構成されている。「 以上にて、パラマハンサ・サンヒターとも称される、シュリーマド・バーガヴァタ・マハープラーナ第○巻第○話《 タイトル 》は終了する 」
注2 王様や目上の者に会う時には、何か贈り物を持って行くことが、その頃の社会通念だった。
注3 これらの水は上半身にのみかけることが許された。

校正終了

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