クリシュナ神の物語

バーガヴァタ・プラーナ  第七巻

 
 第七巻は第一話から第十五話まであります。
  
 
  第七巻第八話
 ヒラニヤカシプの死と主ナラシンハへの讃美
 
 ナーラダ仙は続けました。
 「 プラフラーダの話を聞いたダイティヤの子供たちは、それからは全員が、教師の教えではなく、完璧なプラフラーダの教えを支持するようになったのです。
 彼らの心が確固として唯一の目的(主へのバクティ)に向かうのを見ると、教師の息子たちはそれを非常に恐れて、ただちに王にそのことを報告しました。
 自分の息子が犯した、この歓迎すべからざる過ちを聞くと、ヒラニヤカシプは怒りにて身体を震わせてしまい、もはや自分の息子を殺す決心をしたのでした。(1〜3)
 
 プラフラーダは心を制御して、謙虚に父に頭を下げると、合掌してその前に立ちました。しかし生まれつき狂ったその悪魔は、自分の息子であるプラフラーダを、そんな扱いを受ける謂われなど無いのに、歪んだ見方をする悪人と決めつけて、踏まれた蛇のように口を鳴らし、厳しい口調で叱責すると、次のように話したのです。
『  ああ、わが一族の間に争いをもたらすとは、お前は何という手に負えぬ愚か者なのだ! 今日この日、お前をヤマの世界に送ってやろう! お前は聞き分けがなく、私の権威から滑り落ちたからなのだ!
 いったいお前は誰の力によって、ああ、愚か者よ、恐れなき者のように、この私の権威を冒涜せんとするのか? この私が怒れば、全三界はその守護神もろとも、恐怖に震え上がるものを! 』(4〜7)
 
 プラフラーダは答えました。
 『 主こそが、私ばかりか、ああ、王よ、あなたの、また全ての力ある者の力なのです。主によってこそ、ブラフマー神から始まる全ての、高きもの低きもの、動くもの動かざるもの、それら全生物が支配されているのです。
 主は最高の支配者であり、最強のカーラ(時)であられて、また最高の器官と精神の力、最高の体力、そして堅忍さの体現なのです。三グナの最高の管理者である、その御方こそが、ご自身の潜在力(ラジャス、サットヴァ、タマスという)を用いて、この宇宙を創造、維持、そして破壊されるのです。
 ああ、アスラの王様、どうか悪魔的性向を捨てて、心の平和を獲得してください。抑制し得ぬ不実な心の他に、あなたの敵がいるでしょうか? 心を平安に保つことこそが、永遠の御方を崇める、最も優れた、正しい方法なのです。
 ある者は六人の盗賊(五種の知覚器官と心)を制圧することなく、四方とその間の方角を、そして頭上に広がる大空を、さらに足の下にある地下世界を、自分の力で征服したと考えるでしょう。けれども全ての者に平等で、自分の心を支配した、そんなよく学んだ敬虔な者にとって、無知の産物である敵などが存在するでしょうか? 』(8〜11)
 
 ヒラニヤカシプは答えました。
 『 それほどまでに鼻持ちならぬ者になるとは、お前はきっと死にたいのだろう、死にたいと願う者の言うことは、ああ、頭の鈍い者よ、まったく支離滅裂なのだ!
 哀れなる奴よ、今お前が言った私以外の主が、この宇宙の何処にいるというのだ? もしそいつが何処にでもいるのなら、どうしてあの柱の中に見えないのか?
 私だけが唯一最高の者であるゆえ、大ほら吹きのお前の首を、今すぐにでも切り落としてやろう! お前が庇護所というそのハリが、お前を守ってくれるのか、今日こそそれを見てやろうじゃないか! 』
 こうして主の偉大な献身者である自分の息子を、幾度となく怒りのままに、酷い言葉で痛めつけたその強大な悪魔(ヒラニヤカシプ)は、自分の席から立ち上がると、剣を手にとり、拳でその柱を激しく殴ったのでした。
 その瞬間、その柱からは恐ろしい轟音が生じて、それは宇宙卵の最外殻までを震わせていきました。その轟音が創造神たちの世界に届くと、ああ、親愛なるユディシュティラよ、彼らは、自分たちの世界の終末が来たのかと、そう疑った程だったのです。
 息子を殺さんとして武勇を示したその悪魔は、今までに聞いたことのないその不気味な音を聞くと、神々の敵(アスラ)の王達を驚愕させたその音が、自分の宮廷のどこから生じたものなのか、全く理解できませんでした。(12〜17)
 
 ご自身の従者が語ったことを実現させる為に、また全ての中にご自身が存在することを証明する為に、主は宮廷に立つその柱の中に、人間でも獣でもない、まことに奇妙な姿で顕れたのでした。
 あたりを見回していたヒラニヤカシプは、やがて柱の内側から現れてきた主を眼にすると、このように思いました。《 こいつは確かに獣でも人間でもない。ああ、この人獅子の姿をした奇妙な生きものは一体何なのだ? 》
 その恐ろしき姿を凝視するヒラニヤカシプの眼の前で、主は実際に眼に見えるように、人獅子の姿となって立たれたのでした。それは溶けた金のように輝く眼をして、眼もくらむばかりに光る髪の毛とたてがみで、その顔は大きく膨れあがっていました。
 恐ろしき歯を持ち、剃刀のような舌は剣のように波打ち、顔をしかめたその様子は、まことにゾッとするものでした。またピンと立った動かぬ耳、裂けた口と鼻の孔は、山の洞窟のように驚嘆すべき様相で、その顎の分かれ目は、見る者の恐怖をそそるのでした。
 その身体は天にまで届き、太く短い首、広い胸と細い腰を持たれて、月光のように白い毛で、身体全体を覆われていました。そして四方には多くの腕を伸ばして、それら腕の先には、武器としての爪を持たれていたのです。
 ダイティヤとダーナヴァ達は、凄まじきその形相を見て恐怖すると、側に近づくことも出来ずに、彼ら独特の素晴らしき武器を放り出すや、そのままそこから逃げていったのでした。『 まことにこの姿こそは、多様な魔術を駆使するハリが、この私に死をもたらす為に考えついた、当を得たものと言えよう。しかしこのように完全武装したとて、はたして彼に何が出来るであろうか? 』(18〜23)
 
 このようにつぶやくと、そのダイティヤの巨象(ヒラニヤカシプ)は、鎚矛を手に雄叫びを上げると、人獅子として顕れた主に突進していったのです。そしてまさしくその戦いにて、主ナラシンハの後光の中に落ちたその悪魔は、炎の中に落ちた蛾のように、完全に消滅してしまうのでした。
 暗黒の人格化である悪魔が、純粋なサットヴァの体現である主の中に消えたことは、別に驚くことではありません。なぜなら、主はかつて創造の夜明けに、自らの輝きで(宇宙を崩壊に至らしめたタモーグナという)暗黒を飲み干されたくらいからです。そしてその時、主の側に近づいたその力強き悪魔は、力を振り絞っ て、怒りのままに、主ナラシンハを鎚矛で攻撃したのでした。
 手に鎚矛を持つ彼がご自身の側に近づくと、鎚矛の真の保持者である主(ヴィシュヌ)は、タールクシャの息子(ガルダ)が蛇をつかむように、易々と彼を捕らえられました。するとその悪魔は、蛇がガルダの手に遊ばれて逃げるように、主の手の中からすり抜けたのでした。
 かつては住まいをその悪魔に奪われて、今は厚い雲の後ろに隠れる諸世界の守護神たちは、ああ、バラタの末裔よ、これを見て非常な不安に襲われました。そして主ナラシンハの手から逃れたその悪魔は、戦いに疲れぬ偉大なアスラである自分を、主が恐れているのだと確信して、剣と盾を手に持つや、非常な武勇を示して主と戦ったのでした。
 鷹のように高く、または低く、迅速に向かい来るその悪魔を、ハリはかん高き笑いと恐ろしき咆吼を響かせて、非常に素早く捕まえました。弱点を見せぬよう、その悪魔は様々に剣を振り回しましたが、主の咆吼と笑い声、そしてその輝きに、その眼は閉じられたままでした。
 そして主は捕まえたその悪魔を、宮廷の門の所で、ご自分の腿の上に放り出されました。しかしその悪魔は、蛇に襲われた鼠のように捕まったことに我慢ならずに、終始その身体をくねらせ続けました。けれども主ナラシンハは、インドラのヴァジュラでも傷つかなかったその悪魔の皮膚を、毒々しき蛇を裂く鳥たちの王(ガルダ)のように、戯れるかの如く爪で引き裂かれたのです。
 主は裂けた口の周りを舌で舐め回されて、憤怒に燃えるその眼は、見るからに恐ろしく、たてがみと顔は返り血で真っ赤に染まり、首には花輪のように、悪魔の内臓をかけられました。そして象を殺害した獅子のように、主は眩しく輝いておられたのです。
 さらにその後、主はその悪魔の蓮のような心臓を、鋭き爪で裂いて放り出されました。そして多くの逞しき腕を持たれる主は、武器を持って襲いかかる、何千という悪魔の家来を、ご自分の爪や武器、蹄を用いて、ことごとく殺害されたのです。(24〜31)
 
 雲は主の毛髪に払われて千々に乱れ飛び、主が眺めるや、惑星はその輝きを失っていきました。主の呼吸に煽られて海は激しく波立ち、主の咆吼に驚くや、世界の守護象たちは激しくラッパを吹き鳴らしたのです。
 主の体毛に投げ上げられた天界の車が、空には溢れかえって、主の足に踏みつけられるや、大地はその基礎から揺れ動きました。そして主の迅速な動きで山々は飛び散り、主の輝きにより、空と四方はことごとく霞まされてしまったのです。
 主は宮殿の素晴らしき王座に座られると、ご自身の輝きを、極度にまで集中していかれました。今や誰一人として敵は存在しなかったものの、主はその時最も恐ろしき顔をされて、激しき怒りに満たされていたのです。そしてそれを見た神々は、全員が主を恐れて、その側に近づこうとしなかったのでした。(32〜34)
 
 全三界の頭痛の種であったディティの息子の最高者が、シュリー・ハリと戦って殺されたことを聞くと、天界の女性達は喜びに眼を輝かせて、主の上に幾度も花を降り注ぎました。
 その時、ひと目その主のお姿を見んと、空には天界の住人達の乗る車が溢れかえり、神々は小太鼓やドラムを打ち鳴らして、ガンダルヴァの長たちは歌い、その妻らは、喜びに舞い踊ったのです。
 その王宮に集まった創造神(ブラフマー)などの神々や、インドラ、ギリーシャ(シヴァ)、リシ、祖霊、シッダ、ヴィディヤーダラ、力強きナーガ、マヌ、プラジャーパティ、ガンダルヴァ、アプサラス、チャーラナ、ヤクシャ、キンプルシャ、ヴェーターラ(天界の吟遊詩人)、それに従うキンナラ、さらにスナンダやクムダのような主ヴィシュヌの従者達、彼らは全員が、ああ、愛しき者よ、両手を頭の上で合掌して、王座に座られた主ナラシンハの栄光を讃美したのでした。(35〜39)
 
 ブラフマー神は言いました。
 『 素晴らしき武勇を持たれて、まことに神聖な行いを為される、無限の主に喜んで頂きたくて、私はこの頭を下げるでしょう。底知れなき力を持つあなたは、三グナを用いて、遊戯としてこの宇宙を創造、維持、そして破壊され、かつその本質は、決して朽ちることがないのです! 』(40)
 
 シュリー・ルドラは言いました。 
 『 あなたにとっては、カルパの終末こそが、その怒りを爆発させる時なのです。そして今やあの女々しき悪魔は死んでしまいました。それゆえ、ああ、信者を愛される御方よ、どうかあなたに庇護を求める、あなたの御子であるこの信者を、守ってあげて欲しいのです! 』(41)
 
 インドラ神は言いました。
 『 私たちを守ってあなたが奪回されたものは、ああ、至上の主よ、全てあなたのものなのです。あなたが(内制者として)住まれる私たちの心の蓮華を、今までこの悪魔が支配してきたのでした。けれどもあなたによって、今やそれは解放されたのです。あなたに熱心に仕えんとする者にとり、「 時 」に呑み込まれる三界の君主権などが、果たして何の意味があるでしょうか? そのようなあなたの信者は、ああ、主ナラシンハよ、モークシャ(解脱)にさえ重きを置かないのです。ましてや他の人生の目的などが、彼にとって何の役に立つでしょうか? 』(42)
 
 リシたちは言いました。
 『 ああ、庇護を求める者の守護者よ、あなたは信者を守る為に、このお姿を取られて、かつて御自身が命じられた苦行(瞑想という)を、今日再び支持されたのです。それ(苦行)はあなた自身の栄光であり、あなたはそれにて、ああ、太初のプルシャよ、ご自身の内に潜むこの宇宙を顕されたのでした。けれどもその苦行を、今までこの悪魔が禁じていたのでした! 』(43)
 
 祖霊たちは言いました。
 『 この者は、息子達が我らに捧げた供物を横取りして、それを自分で楽しみ、さらに沐浴する時に彼らが捧げた、胡麻の種入りの水まで飲んだのです。主ナラシンハにどうか栄えありますように! ダルマの守護者よ、あなたはこの悪魔の腹を爪で引き裂き、それら供物を取り戻されたのです! 』(44)
 
 シッダたちは言いました。
 『 多くの偉業を誇るこの悪魔を、あなたはその爪で引き裂かれました。不敬なるこの輩は、我らが心の集中で得た神秘力を、ヨーガと苦行の力で奪い取ったのでした。ああ、主ナラシンハよ、私たちはあなたに礼を捧げるでしょう! 』(45)
 
 ヴィディヤーダラたちは言いました。
 『 肉体の力と武勇を誇るこの愚か者は、私たちが種々の対象に心を集中して得た技(姿を消すなど)を、今まで禁じてきたのです。戯れにも人獅子の姿となられた主に、私たちは礼を捧げるでしょう、あなたはこの悪魔を、まるで獣のように、その一撃で殺害されたのです! 』(46)
 
 ナーガたちは言いました。
 『 私たちはあなたに礼を捧げるでしょう、ああ、主よ、あなたはこの悪しき者の胸を引き裂き、女性の中の宝である、我らの妻を喜ばせてくださったのです、こやつはそんな我らの妻を掠って、さらに我々の宝石までをも、もぎ取ったのでした! 』(47)
 
 マヌたちは言いました。
『 我々は常にあなたの指示に従うマヌなのです。そしてその我らが定めた道徳律を、ああ、神々の中の神よ、この悪魔は無にしてしまったのでした。しかしこいつはいとも容易く、あなたによって始末されました。今この時、我々マヌは何をなすべきなのでしょう? どうかそれを、あなたのしもべである我らにお教えください! 』(48)
 
 プラジャーパティたちは言いました。
『 ああ、最高の支配者よ、我らはあなたに誕生させられたプラジャーパティ(被造物の主)です。我らは今までこの悪魔が禁止してきた為に、子孫を生むことが出来なかったのです。しかし今やこいつは、あなたによって腹を裂かれて、ここに横たわっています。あなたの降誕こそは、ああ、サットヴァの体現よ、全世界の幸福につながるものなのです! 』(49)
 
 ガンダルヴァたちは言いました。
 『 全能の主よ、我々はあなたの劇的な行為の場で踊り、歌う者です。けれどもこの悪魔は、自らの武勇と肉体の力、そして器官の力で、そんな我らに服従を強いてきたのです。しかし今やこいつは、あなたによってこの状態に貶められました。悪の道に身を委ねる者には、決して幸福は訪れないのでしょう! 』(50)
 
 チャーラナたちは言いました。
 『 敬虔な者の心に刺さる棘であったこの悪魔は、幸いにも、あなたによって始末されたのです。それゆえ我々は、サンサーラを除いてくださるあなたの蓮華の御足に、再び庇護を求めるでしょう! 』(51)
 
 ヤクシャたちは言いました。
『 私たちは望ましき行いを為すゆえ、あなたの従者の長として知られています。けれども、このディティの息子に、単なる籠担ぎに貶められてきたのです。そして今やあの悪魔は、彼に苦しめられる者の艱難を知られた、二十四の原理の管理者であるあなた、主ナラシンハによって、死に至らしめられたのです! 』(52)
 
 キンプルシャたちは言いました。
 『 私たちはキンプルシャ[つまらない生きもの]であり、あなたは全能の最高者なのです。この悪人は、敬虔な人々から非難されたゆえに、既に死んだも同然だったのです! 』(53)
 
 ヴァイターリカたちは言いました。
 『 私たちは人々の集まりや供儀の祭場で、いつもあなたの不変の栄光を讃美して、誉れを受け取ったものでした。そしてそれを禁止してきたこの悪人は、ああ、主よ、まことに幸運にも、まるで病害のように、あなたによって取り除かれたのです! 』(54)
 
 キンナラたちは言いました。
 『 あなたの召使いである私達キンナラは、ああ、ご主人様、いつも無償で働くよう、このディティの息子から強制されてきました。その悪人は、ああ、ハリよ、あなたによって殺されたのです。主ナラシンハよ、どうかこれからも、私たちが繁栄することの出来ますように! 』(55)
 
 主ヴィシュヌの従者たちは言いました。
 『 今日この日に限って、ああ、人々に保護を与える主よ、全世界の幸福の源である、半分は獅子で半分は人間という、この奇妙なあなたのお姿を、私たちは眼にすることが出来たのです。この悪魔は、かつてサナカ兄弟に呪われた、あなたの従者だったのです。それゆえ彼が死んだのは、あなたの慈悲を、彼に示さんが為だったのです! 』(56)
  
 

(第七巻第八話の終わり)

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